タイトル 珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を
レーベル宝島社
第1巻発売日2012年08月04日
既刊最新刊発売日2012年08月04日
最新刊発売予定日
著者岡崎琢磨
挿絵shirakaba
既刊1巻(完結)
漫画化
アニメ化
その他第10回『このミステリーがすごい!』大賞 隠し玉(編集部推薦)

おきに度
燃★・萌☆★★★☆☆☆☆☆☆☆
笑★・シリアス☆★★★☆☆☆☆☆☆☆
ストーリ★・キャラ☆★★★★☆☆☆☆☆☆
エロ(★が多いほど↑)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
世界同世界現代
恋愛有(メイン)
ストーリ
推移
テキスト
キャラクター
挿絵
雰囲気
独自語ほぼ無し



文章全般
この物語は、ちょっと苦くて、ちょっと渋くて。少し柔らかくて、少し甘い。
そんな、淹れたての珈琲みたいなお話。

 主人公のアオヤマは、無類の珈琲好き。彼女と街で喧嘩しちゃって、追いかけようかどうしようか悩んでるところから、お話は始まるの。
 彼が見つけたのは、ちょっと狭まった道の奥にひっそりと佇む純喫茶・タレーラン。吸い込まれるように入った主人公は、珈琲を注文するの。アルバイトのような、若い店員さんの手で運ばれてきたのは、漆黒の珈琲。そしてそれが、今まで味わったことも無いような、絶品の珈琲! ……なんだけど、余韻に浸る間もなく鳴る携帯電話。それは喧嘩していた彼女から。そしてその電話で、彼の財布を彼女が持っていることに気づくの。
 お会計が出来ない彼は咄嗟に、お店の名刺に連絡先を書いてこう言います。「後日、必ず払いに来ます。これ、僕の連絡先だから」。それが、物語の始まり。
 後日、きちんと来店した彼に、この前珈琲を運んできてくれたアルバイト風の女の子はこう言いました。
 「――アオヤマさん、とおっしゃるのですね?」そしてこうも言いました。「私、当喫茶のバリスタを務めております、切間美星と申します」


 お話は、珈琲好きのアオヤマが問題を持ちこんで、それを切間美星が解くっていうミステリーなの。でもね、煮えたぎった渋~い珈琲みたいな、そういうミステリーじゃないから、安心して。飲みやすいんだけど、決してあっさりはしていない、そういう珈琲。
 ミステリーっていうより、視点の切り替えによるひらめき、というようにあたしは感じたかな? コーヒーミルをコリコリ回しながら、安楽椅子探偵のように答えを導き出す様は、喫茶店と珈琲っていう素材と相まって、とっても落ち着くよ。だけど、ミステリーとしては、どうなんだろう? 推測に推測を重ねる感じだから、あんまりらしくないかもね。
 騙す、ということに重きを置いていたのも特徴かも。さっき書いた視点の切り替えのことでもあるんだけど、誰しも「書かれていなくても当然こうだろう」って考えを放棄しちゃう部分があるよね? それを上手くついているなって思った。……そればっかりだと、わかっちゃって余計ミステリー部分がおまけになっちゃうんだけどね。

 謎自体は一話完結なんだけど、お話は続いているの。バリスタと、アオヤマのこと。詳しいことは読んでみて欲しいんだけど、ミステリー部分はバリスタが主役だけどストーリはアオヤマが主役だから、バランスが良いなって思ったかな。与える与えられるの関係じゃなくて、お互いに与えて、お互いに与えられる関係って、素敵だと思うよ。

 この作品の一番の売りは、やっぱり珈琲なのかな。京都の純喫茶を舞台としている時点で、ほっとするよね。考えただけで、良い香りがしそう。
 お話としては、読者の感情をコントロールするのが上手いなっていう風に感じた。どうなるんだろうって、最後までハラハラしながら読めたよ。物語の収束の仕方、大小の使い分け、みーんな合わせて、上手に挽けておりました。

 少し残念だったのは、喫茶店という場所が、あくまで「珈琲を出す店」というだけの存在だったことかな。お店という空間の居心地に触れないで、ひたすら珈琲の美味しさとミステリーを追っていたのは、ちょっともったいなかったんじゃないかなって思う。
 美味しさは、味覚だけが全てじゃないって思うから。

キャラクター
 出版された理由が、魅力的なキャラクターっていうだけあって、バリスタとアオヤマ、どっちも良かったよ。
 特に、バリスタはとっても魅力的だと思う。あんまり深く書いちゃうとストーリに触れちゃうから言わないけれど、人は、掴みどころのない人ほど、魅力的に感じるんだと思うな。決して社交的じゃないわけではないけれど、心に入れてくれない。強さに覆われた弱さ。それが、このバリスタの魅力だと思う。
 本当に弱い人ほど、弱さは人に見せないものなの。とっても臆病だから、強さで覆ってしまうの。でも、その弱さのさらに内側、そこにあるのが、本当の強さなのかもね。そこにたどり着くだけの資格が、アオヤマにはあるのかな?
 淹れたばかりの珈琲。湯気は珈琲の姿を覆ってしまうけれど、珈琲は飲まれたくなくて湯気を出している訳じゃないんだよね。

雑記
 タレーランっていうのは、昔のフランスの政治家名前。作中でも出てくるけれど、珈琲を指して「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い」って表現した人なの。
 でも、これはエスプレッソのこと。濃く抽出して砂糖を沢山溶かした、珈琲。でもこの作品で出てくるのは、普通の珈琲。
 だから、ちょっと苦くて、ちょっと渋くて。少し柔らかくて、少し甘い。そういう作品なんだと、あたしは思うな。