11月第4週
■水月那波ルート解説
と、いうわけで今日は『水月』の那波シナリオについて喋りましょうか。
なにが「と、いうわけで」なのかはわかんないですけど……、水月って、あの主さまがおかしくなった作品ですよね?
何年も前の話なのに引っ張るねえ……。まあ、その水月だよ。このちゃんには普段、やったことが無い前提で話しているからネタバレはしないでいるけど、今日は解釈の問題だからその辺バシバシ出していこうか。
ところでこのちゃん、水月の内容、覚えてる?
んぅ? だいたいは覚えてますけど。だけど那波のシナリオはよくわかんなかったです。
じゃあ丁度いいね。
先ずこのちゃんに覚えておいてほしいのは、那波のシナリオっていうのは『那波の死を夢の中で書きかえる』話ということ。
……どういうことですか?
そのまんまなんだけど……じゃあ質問しよう。
このちゃん、『水月』という作品の始まりはどこ?
……へ? 病室で記憶喪失になっていたところからですよね?
それはゲームの最初でしょ。まあそこから時系列順に進む話もたくさんあるけど、こと水月に関してはそこから始まったわけじゃないんだなこれが。
……じゃあ、どこからなのですか?
それなんだけど、那波シナリオの途中で急に「那波が死んでいる」ことになってた世界になったの、覚えてる?
これだけど。
一冊、抜き出して見る。
ピーターパン――
「花梨」
「あ、ぅ…」
気まずそうに、花梨が目を逸らす。
「どうして、僕が点字本コーナーに来たからって、記憶が戻った事になるの?」
「…」
「教えて、花梨。少し…見当はついてる」
「貸し出しカード…」
「ん? ああ、これの?」
名前は、一つしかなかった。
牧野那波。
昨年の、夏の日付。
「髪の長い、色白の…とても、綺麗な子だよね。目が見えないんだ…でも、不思議とそれを感じさせない」
「やっぱり…隠せないかぁ。好きだったもんね…」
「好きだった、か」
「ごめん…。うん…亡くなったんだ、去年の夏の…今頃だね。急に体調を崩して
夢と現実が、つながった。
そういえば、ありましたね。でもあれって、雪さんのシナリオで、雪さんがいなくなった夢をみたのと同じようなものなんじゃないのですか?
雪さんの場合は「選ぶ」「選ばない」の選択だから、ちょっと違うかな。
那波の場合は、あれが現実なの。那波は夏に『何故か』死んだ。だけど透矢には死因が思い出せない。それを疑問に思った瞬間が、『水月』のはじまりなんだよ。
……? ぜんぜんわかんないです。
現実では、那波は夏に死んだことになってるの。だけど、透矢はその死因を知らない。で、ある空白の一日、那波が死んだと言われている日に何があったのかを確かめる為に、過去に戻る「夢」を見るわけ。それがゲームとしてのスタート地点、記憶喪失で病院にいるところなの。
……そんな、ポーンと飛べるものなんですか?
勿論現実には不可能だね。でもこの作品にはそれを可能にする『力』が存在する。
過去に因縁がある奇跡の『涙石』世界に干渉する力を持った、奇跡の石。

実際のゲームの部分はここだね。
場面1
「…どうして、僕に夢見とかいう力が?」
「ナナミと、あの石のせいですわ」
「…石?」
「天より授かった――人の想いを形に変える、奇跡の石」
涙石…?
「あれは、世の理に干渉できるもの。触れたことがないとはいえ、なにがしかの影響を受けたのでしょう」
「?」
「ナナミにも、完全にわかったわけではありませんの。ほんの少し、垣間見えただけで…。旦那様のために、できうる限り調べてみせますわ」
「そう…」
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場面2
「…あれは、世界に干渉する波を発していますの。ですから、触れたり近づいたりすると、このようなことになりますわ」
「荒ぶる神というのは…」
「旦那さま、神などいませんわ。あれは、石なんですの。ほんの少し、世界を動かす力を持った
「…さっきの津波は、それじゃあ」
「旦那さまを助けてくださるように、お願いはしましたわ」
「ありがとう。でも…」
「いいんですの。今回の戦はナナミが原因ですし…それに、この石のことを知られてしまうわけにはいきません。これは常世への門を開く鍵」
「…何がどうなってるのか、さっぱりだ」
石が力を持っているんですの。わたくしたちは、祈りや儀式を通じて、その想いを石に伝える。そして、石に含まれたエネルギーの分だけ、世界に干渉することができる…
「それが、どうしてこんな風に…」
赤くなった部分をさすると、顔をしかめた。
「想いを伝えるには、直接触れ、語りかけるのがいちばん早いと思いましたの。それに…水とも、何か関係が…? わたくしにも、わからないことがありますけれども…長い時をかけ、きっと人が扱えるようなものになるでしょう。それまではこのまま…」
……それじゃあ、涙石が奇跡を起こして夢を見させた、ということですか?
そういうこと。惹かれ合うけれども一緒になれない二人の願いを叶えるために、そういった奇跡を起こしたんじゃないかな。
……でも、夢ですよね? 現実は忘れて夢の中で幸せに、ってことですか?
この作品に於いては夢もまたちょっと違うんだよねえ。
夢っていうのは「可能性」のことなんだよ。だから現実というのは「夢だったもの」なのかもしれない。たくさんの可能性、夢を時系列順に並べたものが、歴史であり現実になる。
だから何処かの段階で枝分かれして那波が生きている夢だってあるわけさ。透矢はそれを現実にするために、それが可能になる段階から、涙石の力を使って夢を見るわけ。

ついでに長いけど該当部分を引用しておくね。
場面1
「…水月、ですか」
「すいげつ?」
「水面に映った月のことですわ。那波には月も、海も見えませんから、どういったものかは、よくわかりませんけど」
「…ちゃんと名前があったんだ」
「ええ。水月という言葉には、すべてのものごとには形がない、という意味があると言いますわ。透矢さんと同じことを考えた人が、いたんですのね」
「そっか…」
「夢は現、現は夢…」
「現実を月とするなら、夢は水月っていうところかな?」
「…わたくしは、逆だと思いますわ」
「え?」
現実こそ、不確かな海面そのもの…夢はそこに映った確かな可能性
月っていう、確かに存在する、だけど手の届かない場所。
不確かな僕たちの世界では、それが幾重にも重なり、揺れ動く、水月になってしまう。
漠然とした形をし、無限に広がりながらも確かに存在している別世界――彼女の言う夢って、そういうものなのか。
「それじゃあ現実と夢の境目って、なんだろう?」
今この瞬間、見聞きし、感じている夢。それが現実なんだと思いますわ」
「じゃあ、僕らが夢だって言っているものは…」
「夢を見るという、夢ですわ」
そして、夢を見るという夢は、夢を見るという夢という夢になって…
無限退行…?
「ええ。やっぱり、すべてつながっているんですわ」
「だけど、それじゃあ、僕はどうしたらいいの? 僕は夢の中で何もできない。すべてがひとつだとしたら、僕は…何もできない人間ってことなのかな…」
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場面2
夢というのは、可能性ですわ。本当にありえないことは、夢にだって見ることができませんの」
「可能性…」
「…たとえば、那波の目が見えたとしますわ」
「? あ、うん…」
「そうしたら、今の生活にもほんの少しだけ変化があったと思いませんか?」
「それは、まあ…」
「透矢さんが記憶を失った場合、失わなかった場合。お母さまが亡くなっている場合、亡くなっていない場合――」
「それは…だいぶ変わっていただろうね」
「可能性としてはどちらも存在していましたの。大きな話をすれば、生命の進化の過程で人間が生まれた可能性、生まれなかった可能性」
「うん…」
「並列世界という概念をご存じですか?」
「パラレルワールドかな。さっきの僕で言えば、母さんが生きている世界と、今の僕が見ている世界…つまり、母さんの死んでいる世界が同時に存在するってことだね」
「ふふ、半分だけ正解ですわ」
「もう半分は?」
「たとえば虫たちにとって、人間の作ったものが何か意味を為すでしょうか? 結果として起こる現象ではなく、存在が」
「それは…いや、ノーだ」
電灯に群がる、羽虫を思い出す。
明滅する光を、ただ光としか捉えられない虫たちは、身を焦がし、死に――それでも際限なく群がってくる。
「たとえば、街灯の『光』には虫が群がりますわ」
どんぴしゃり、だ。
「それが街灯であることには意味がない。光を発していれば、あれが街灯でなくても、虫は飛び込んでいくでしょう。そういう区別が虫たちにはない。当たり前ですわ。虫たちは、そんなことを知る由もない」
「うん、わかるよ…続けて」
「では、あれが猿ならどうでしょう?」
「さ、猿?」
「はい。仮にですわ、光があると触ってしまう猿がいるとして…死ぬまで触れ続けたりするでしょうか?」
「僕は動物に詳しいわけじゃないから、なんとも言えないけど…それはないと思うよ。猿は動物の中でも利口なはずだし、学習能力があるんじゃないかな」
「ええ。つまり知能の差によるところがありますわね。理解するためには、それを受け止める器がいる。そして理解できないものは、存在していないのと同じ事になる」
「…でも、その話がどうしたの?」
物事を何らかの存在として認識するためには、理解するというプロセスが必要だということです。そして、それを行うのは脳の仕事」
「ああ…」
「わたくしたちの前を、妖精が飛んでいるとしますわ」
と、指先で何かをつまむような仕草を取った。
「透矢さんには見えません。ですけど那波にはわかります。羽音が聞こえるからですわ。今も飛んでいますのよ?」
つまんだ指先を離す。
「え?」
でも当然、何かがいる気配なんてない。
「同じ空間を捉えていても、同じものを同じように捉えているとは限りません。世界というのは…捉える人間により、まるで別のものになってしまいますの」
「だったらなんなの? それが夢の話と関係あるの?」
少し、言い方がキツくなってしまった。
いまいち話が理解できないものだから、苛立ってきているのが自分でもわかる。
並列する世界というのは、正確ではないんですの。過去も未来も現在も、妖精がいる世界もいない世界も、すべてが同時にひとつの世界として存在している
「それはわかったから…」
「つまり、わたくしが死ぬ可能性も、同時に存在しているんですの」
「それを言ったら、僕が死ぬ可能性もね」
「ええ。ですけど、透矢さんは基本的に健康です。だから、たとえば一分後に設定された未来に死んでいる可能性は極めて低い。ところが那波の場合は、いつ死んでも、それほどおかしくはない…」
「まあ、道理だけど…だから、夢とどう関係してるのかが…」
彼女は僕の反論を遮って続けた…そろそろ、いじけたくなってくる。
事象の連続性というものがあります。たとえば、現在あなたのお母様は亡くなっている。これから繋がる時間の中に、あなたのお母さまが存在することは?」
「あり得ないよ」
「逆もまた真なり、ですわ。もし現時点であなたのお母さまが生きていれば、あなたの過去において、お母さまが死んでいることはあり得ない
「当然じゃないか」
「ですから、すべては現在という瞬間から始まっていますの。未来が自分より前のもので、過去が自分より後ろ、ではありません…現在以外の事象はすべて、未だ来ぬ時、という意味では、すべてが未来と捉えるべきでしょうね」
すべてが、未来。
彼女の言っていることは、ギリギリのところで筋が通っているように思う。
「現在より派生して広がる可能性――それもまた、いつかどこかにある現在という瞬間でしかありませんの」
要するに、卵が先か、鶏が先かみたいなものだ。
しかし――
「記憶はどうなるの? 僕たちの生活には確かに時間が存在している」
時間という概念は人の中にあります。わたくしたちが存在するための大前提に時間という概念があるからです。逆説的ですけれど――わたくしたちの存在は、つまり時間という存在の証明でもあるわけです」
「頭が、こんがらがってきた」
それでも、まだ、彼女の話の矛盾を見つけることくらいはできる。
「でも、人間から時間が生まれたなら、人間自体はどうやって生まれたの? 時間の中で進化の過程があって人間が生まれたんでしょう?」
「わかりませんわ」
「え?」
「わかるわけがありませんの。時間がなければ、わたくしたちは存在し得ない。光があれば影があるように、物事は表裏一体。時間がない状態を想像することができない以上、その問題に結論は出ませんわ」
「答えのわからない問題を出すなんて、卑怯だ…」
「ふふ。そうですわね、失礼しました」
那波はそこでひと呼吸を置いた。
今日は人が少ない…静かだ。
「では、夢のお話ですわ。事象の連続性については、おわかりいただけました?」
「要は、未来も過去も、今現在に対して矛盾することはあり得ない、っていうことでしょう? ある意味あたりまえだ。ただ、それが前後のつながりじゃない。すべて現在だ、と」
「ええ。そして、それは脳が活動しているからですわ。物事を認識し、情報の取捨選択をおこなっている。たとえば、透矢さんには妖精が見えないように、です。そうして、正しく秩序ある世界が生まれるんですの」
「…眠っている間は、脳の活動も沈静化する。その間に、矛盾した可能性を、現在の情報として捉えてしまうことがある。そういうことかな?」
無線機などが、周波の近い電波を拾ってしまうようなものだろうか。
「…正解ですわ。だから、たいていの夢は目が覚めた瞬間に忘れてしまう。本来ならば認識もできない可能性ですからね。映像として捉えることもできないんですの。知らないもの、ありえないものは、目に見ることができませんから」
「…だけど、はっきり記憶に残る夢だってたくさんある。僕と那波の夢がそうだ」
「ごく近い可能性や、本来これから見る可能性を夢に見ることがありますわ。脳が休憩中ですから、中途半端に処理されたりもして、おかしな具合になることが多いですけど。まれにある予知夢などは、そういった現象の表れですわね」
「だから、たいていの夢はメチャクチャに思えるし、忘れてしまうってことか」
「そういうことです」
「僕たちの見るあの夢は…」
「ここではないどこかですわ。ただ、はっきり覚えている以上は、ごく近い可能性ですわね。事実、わたくしたちの世界にはナナミ様の伝承がある…卵が先か、鶏が先か、ですわ」
要するに、目の前にある世界を信じるしかないってことだ。
「ですから…那波が死ぬ可能性というのはごく近くに存在していますの」
「…可能性は可能性だよ」
「もちろん。回避することも可能ですわ。というよりも、すべては同時に存在していますから、意味がありませんけど…」
「重要なのは、自分とっての現在が、どういう世界かってことでしょう?」
「ええ。記憶がないということは、ひょっとしたら無限の可能性なのかもしれません。いくつも見る夢――自分に手の届く可能性の中から、自分の意志次第で、好きなものを選ぶことが出来る――過去という制限がない状態、ということですからね」
ああ、そうか…そういう見方もある。
「だったら、那波がずっと元気でいられる可能性を選ぶことにしよう」
「…ありがとうございます。ですけど、それだけ不安定ということでもあると思いますわ。不意に、那波のことを忘れてしまったりはしないでくださいね」
……むぅ。だけど、なんで記憶喪失なのですか?
それに、それじゃあなんで場面がいろんな夢に飛んだのですか? すっごく昔のことも夢見てましたし。
んーとね。まずなんで記憶喪失なのか、から答えるけど、それは時間に縛られないようにするためだよ。
記憶があったら、それは当然過去があるということでしょう? それじゃあ事象の連続性に縛られちゃう。二つ目の質問の答えにもなるんだけど、記憶があると過去は過去にしか存在しないことになる。それだと不都合なんだよ。全ての夢は未だ経験していない「未来」じゃないといけない。
……なんでですか?
そうしないと那波の死因を突き止める為のヒントを全て得られないから。古代の話を見られないわけだからね。
この夢はあくまで那波の死因を突き止める為に見ているの。過去に戻って現実をやり直している訳じゃない。そもそも時間に縛られていない段階で「過去」じゃないんだから。
でも勿論、記憶喪失といっても記憶がプールできなくなったわけじゃないから、タイムリミットはあるわけ。
……タイムリミットになるとどうなるのですか?
最初に見た図書室での花梨との話に戻る。そこで、もし全てのヒントを集めることが出来ていたら、マヨイガへ向かって那波を救うことができる。
…………集められなかったら?
最初に戻ってやり直し。無限退行ってやつかな。これのこと。
「あの時、目が覚めたらあの状態で、すごくリアルだったから、それまでのことがぜんぶ夢みたいに思えたんだ」
「ですけど、けっきょくは、ひざまくらされている世界が夢でしたわね?」
「うん。だけど、目が覚めてからも、すごく不安だったよ。自分の目が覚めているかどうかを確認するなんて事、できないし。目が覚めたと思っているけど、実は図書館で寝て、ひざまくらをされている夢を見て、図書館で目を覚ます――っていう夢なのかもしれない。考え出したらキリがない事なんだけどね」
…無限退行、ですわね
「無限退行?」
「人が死ぬ時に、それまでの人生をものすごいスピードでさかのぼるという話がありますの」
「走馬燈のようにってやつだね」
「ええ。時間は絶対的なものではありませんから、物理的に一瞬であっても、意識という空間の中では、処理さえ追いつけば、人生のすべてを再生することも可能ですわ」
「なんか、難しいんだけど」
「早送りの映画でも、それで音や絵を追える力さえあれば、普通に見た場合と、同じような感想を抱くことはできますわ」
「なるほど、それならちょっとわかる」
「それで…もしも、その意識が、最後の最後――つまり、死の間際にある現在の自分に追いついたら、どうなりますか?
「それは…えっと、どうなるの?」
死の恐怖に直面した時、意識の中で、人生をもう一度やり直す――という人生をまたやり直す。つまり、再び記憶を一からたどり直すというものがあるはずですわ。同じ人生をたどってきて、同じ死の恐怖に直面した以上、脳は同じ判断を下すはずですもの
「でも、それって物理的に死ぬまでしか続かないよね」
「理屈では。たとえば、コンマ何秒の世界で、そういったやり直しが、何万回もできるとしたら、どうでしょう?」
「そうなると、半永久的にくりかえせるんじゃ…」
「ええ。さかのぼっていくと、どこまでもさかのぼっていけますわ。けっきょく、始まりがどこかを証明する手段は、ありませんの」
「それで無限の退行か…じゃあ、考えるだけ無駄なんだね」
「というよりも、それが正解なんだと思いますわ。無限に退行することができる、ということが」
「じゃあ、僕らのこれも、くり返されてる誰かの夢の一部? そう考えると怖いんだけど」
「誰かのではなく、わたくしたち自身の、ですわ」
「んー、そっか」
安心したような、していないような。
とりあえず、牧野さんはいつもの調子に戻ったようで、ようやく僕の手を離れた。
「…もう大丈夫だよ。夢じゃない、と思うから」
「ふふ…頼りないんですのね」
ってことは、何万回も繰り返している可能性があるわけですか!?
当然そうだろうね。そうなるともう夢も現実もあったもんじゃないって感じだけど。夢を見て、さらに夢を見る。その辺が水月「らしさ」を出しているのかもね。
ざっくり喋ってるからちょっと纏めておこうか。
凄く簡単に言うと、今までの流れは
那波と透矢は好きあっていた→那波の死因が不自然であることに気が付き、それを知りたいと思う→涙石の力が「死因を解明したうえでそれを取り除き、二人をつなぎ合わせる」ように作用する→それを夢の中で行うため、病院で記憶喪失状態で起きた、という夢を見る(事象の連続性を断ち切り、那波を救うためのヒントを得るため)→全てのヒントを集め、再び死因に疑問を抱く段階まで至る(現実とは違う)→全てのヒントを得ていればマヨイガへ、得られていなければまた病院へ(無限退行)
という感じ。わかった?
……ということにしておいてください。
……まあいいか。
それじゃあ次にマヨイガへ行ったところから。これだね。
今なら、わかる
マヨイガって、あそこだ。
彼女はあそこに行ったんだ。
死んでしまった今では、遅いのかもしれないけど。
だけど…どうしてだ…?
死んだということだけ漠然と伝わっているけど…この後の夢を…僕は見ていない。
夢の通りにいけば、彼女が死んでしまうその日。
僕は、マヨイガという場所に向かった。
彼女は覚えていないと言ったが…なぜだか、覚えている。
ナナミ――
那波はナナミで、ナナミは那波。
あの日の僕の願いが、本来は存在しない牧野那波という少女を、この世界に呼びだしたのかもしれない。
行こう…
僕は、弓矢を取った。
そうしなければいけないと、僕は知っていた。
果たして、そこへは何も考えずに来ることができた。
そこにあるのが当たり前であるように。
当たり前なんだろう――僕は、覚えているんだから。
岩は、ない。
マヨイガへの道は通じている。
僕は、知っている。
いつかどこかの僕が、覚えている。
うすら寒い洞窟の中を、延々と進む。
道は下へ下へ。
黄泉の国へ向かっているのか…そんなことを考える。
ここで、ナナミに追われる夢を見た。
思えば…どこかの僕が抱いた罪悪感が、そうさせたのかもしれない。
出口が、見えた。
夢で見た風景――
いや、これ自体、夢なのか。
マヨイガと呼ばれる場所、現実ではありえない空間。
その証拠に――
「那波」
彼女が、いた。
で、そこでは健司が那波を「自分の親であるナナミ」にしようとしていたの。
このままだと透矢の知っている那波はいなくなってしまう。
「人が人の魂を取り込むために行う儀式は性交ではない。喰らうことだ」
「喰らう…?」
「そうだ。私は那波の中に戻る。それで、本当の母子になれる。そして私が死ぬことで、牧野那波は、誰かの娘ではなくなる。内に私の魂を宿した、母、那波に入れ替わるんだよ」
どうかしてる…
「気が触れていると思っただろう? だがここは非常識を常識に変える場所だ。世界が生まれる場所なんだよ」
……那波は那波じゃないのですか? というか、親の那波とか透矢の那波とか、わけわかんないです。
ナナミっていうのは、山の民であって特定の誰かを指して言うものじゃないんだよ。強く望まれればあらわれる存在。で、過去には健司の母としてナナミが存在し、今は透矢の母として、健司の子として存在している。だけど牧野那波はナナミの中でもイレギュラーな存在なんだね。
どういうことですか?
先ずは、ナナミが二人生じてしまっている点。これは異常事態と言える。でも昔透矢が母と呼んだナナミは透矢の想いだけで構成されているから、安定している。
でもナナミは透矢の前から消えてしまい、その後現れなかった。その間に健司は自分の子としての牧野那波を自らの目的の為生じさせ、その那波が透矢の前に現れ、そして透矢に影響されるまでに親しくなってしまったから――縁があるから当然と言えるけど――他人の意思に影響されやすいナナミという存在は、一つの魂を二人の意思が影響する形でいるわけ。
さらに透矢は母として慕っていたナナミのことを思い出した。故に二つの魂が牧野那波という器の中に同居するようになってしまったの。
……うー。
でも、健司が消失したことで牧野那波を構成していた要素が激減してしまう。元々ナナミは透矢の意思で存在しているんだから、那波を構成するのは健司の方が強かったんだろうね。で、那波を取り戻すためにはナナミを否定しなければならない。何故かって、今のこの状況という可能性を否定しなければ、別の可能性には進めないから。イレギュラーな存在である牧野那波だけが存在する可能性へ進むために、ナナミを否定するわけ。
……うにゃー! ぜんっぜんわかんないですー!!
おわっ!? わ、わかんないって、どの辺が?
つまり、どういうことなんですか!
え、つまり……?
つまり、牧野那波という存在が生きる可能性を選択するには、那波を消滅させずに、尚且つナナミを否定すれば良い。魂が二つ同居しているのは変だからね。その可能性での牧野那波は病気によって後1日で死んでしまうけれど、他の可能性に移ることができる。マヨイガに行くのと行かないのとの違いはここだね。
でも、ナナミは那波じゃないのですか?
魂レベルでは、同じ。でも牧野那波っていう個体としての少女は、彼女だけ。そんな感じ。まあ魂は習合するのもっていう神道的観念からきているのかもね。
むぅ……。
因みに該当する部分はここね。
「あなたは…」
「よく、覚えていてくださいましたね」
「あの日、僕にひざまくらをしてくれたのは…?」
「ナナミですわ。そちらにいるのもナナミですし…」
「どういう…こと?」
「牧野那波とは、存在しないもの。あの日のあなたの願い、そして、牧野健司の願いが、こちら側に呼び込んでしまったもの」
「…」
求められることで、人は存在することができますの。牧野那波という少女は…人の母の代わり、として存在している。元より巫女で、明確な自我がない。生まれつき目が見えないことも…拍車をかけましたわね。世界のとらえ方が違う。他人の意思に感応しやすいんですの」
「あなたとは…どういう…」
「同一の存在、別の可能性ですわ。人の願いが、ナナミをこの世界に存在させている。たとえば幼い日の透矢さん…あなたが、ずっと側にいてほしいと願ってくれたから、ナナミはここに存在しています。ですから、わたくしも那波」
「…なんだって?」
けっきょく、すべてはあの日から始まっていたってことか。
「ですが、ナナミと那波は同一の存在。ひとつの空間にふたつの魂が同居するのは質量的に無理がありますの。ですから、ときどき不安定になりましたでしょう?特に山ノ民の血が強くなる発情期近くや彼女の意思が希薄な時…」
「発情期って…そうか、押し倒した時の…旦那さまって…」
「わたくしが表に現れた、ということですわね」
いたずらっぽく笑う…孕ませて――は冗談じゃ済まない。
「那波は…」
「ただでさえ、自我の薄い彼女を、おふたりの強烈な意思が引っ張り合った。そして、彼女の人格の一端を作っていた父親という存在が、事実上、消えてしまいましたわ…牧野那波を作るものが、今までの何分の一にもなってしまいましたの」
「なんとか、ならないの? 昔みたいに涙石にお願いするとかで」
「あなたの想い次第では…ですが、とてもとても難しいことです。あなたの知る牧野那波に戻すということは…あと、たった一日の命のために…戻ってきてくれとお願いしているようなもの。この状況で彼女に生きる意志が…」
「それでも…彼女が生きている、貴重な一日だ」
僕は、呆然としている那波の体を抱きしめた。
ってことは、エンディングの那波は、なんなのですか?
「那波がずっと元気でいられる可能性」の牧野那波なのかもしれない。この可能性では健司が変な行動を取ろうとしないし、存在が安定しているのかもね。そもそも山の民ですら無い可能性がある。
どうしてですか?
山の民の二人って、一人称が名前なんだよ。まあ那波の場合は魂が安定しているナナミが同居していたからなのかたまに「わたくし」って言ってるけれど、那波の一人称は「那波」で雪さんの一人称は「雪」でしょう? 一方で元気な那波の一人称は「私」なの。これが示すのは、存在が安定したからなのか山の民では無くなったからなのか、それはわからない。でも存在が不安定だと、忘れられないように名前で言う傾向にはあるみたい。こう説明されてもいるし。
「本来は存在しないものだぞ? 存在が無い物を存在として引き止めたのは、私の力だ。私の娘であることだけが、これの存在価値だった。牧野那波という名前を与えられた以上、これは牧野那波なんだよ
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「…ありがとうございます。ですけど、それだけ不安定ということでもあると思いますわ。不意に、那波のことを忘れてしまったりはしないでくださいね」
むぅ。どっちにしても、不安要素を取り除いてめでたく幸せになったのがエンディング、ということですね?
え、違うでしょ。不安要素を取り除いて、めでたく幸せになる為の準備が出来たのがエンディングだよ。元気な那波、仮に那波ちゃんと呼ぶけど、彼女のシナリオは本編では無いんだから。
……それじゃあ、那波シナリオは前座みたいなものってことですか?
結ばれることがゴールだと考えるならそうだけど……、取り敢えずスタート地点に立って、外的要因に左右されずに自分たちの意思で決める、って段階までの話としてならあれがゴールでその後は後日談でしょう。『紅の豚』的な感じ。
うぅ、気になります。
フフリ。そんなあなたの為にこれですよ。
……『みずかべ』? なんですかこれ。
その後日談ファンディスク。
やりましょう主さま! 今すぐ!!
え、わ、ちょ、待って待って引っ張らないでー!!